山口地方裁判所 平成3年(わ)153号 判決 1991年12月25日
本籍
山口県防府市東三田尻一丁目一番
住居
山口県防府市東三田尻一丁目一番三五号
船舶仲介業、貸ビル業
谷口武滋朗
昭和九年一月四日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官大坪弘道出席のうえ審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役二年及び罰金八〇〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から四年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、山口県防府市東三田尻一丁目一番三五号所在の自宅において、船舶等の売買及び仲介業を営んでいるものであるが、自己の所得税を免れようと企て、所得金額に関する収支計算を行わないで、適宜過少な所得金額を計上するいわゆる「つまみ申告」を行う方法により所得の一部を秘匿したうえ、
第一 昭和六二年分の実際総所得金額が七六一五万一二二二円あったのにかかわらず、昭和六三年二月二九日、山口県防府市緑町一丁目二番一二号所在の防府税務署において、同税務署長に対し、昭和六二年分の総所得金額が一六一八万二二六〇円で、これに対する所得税額が五一五万七八〇〇円である旨の虚偽過少の所得税確定申告書(平成三年押第二六号符号1)を提出し、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額三八五一万〇一〇〇円と右申告税額との差額三三三五万二三〇〇円を免れ
第二 昭和六三年分の実際総所得金額が九七九八万二九七三円あったのにかかわらず、平成元年二月二八日、前記防府税務署において、同税務署長に対し、昭和六三年分の総所得金額が一八七五万七二六〇円で、これに対する所得税額が五五三万四九〇〇円である旨の虚偽過少の所得税確定申告書(平成三年押第二六号符号2)を提出し、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額四九七一万〇二〇〇円と右申告税額との差額四四一七万五三〇〇円を免れ
第三 平成元年分の実際総所得金額が四億六五一〇万〇四三八円あったのにかかわらず、平成二年二月二八日、前記防府税務署において、同税務署長に対し、平成元年分の総所得金額が一八六六万二二六〇円で、これに対する所得税額が四九八万八五〇〇円である旨の虚偽過少の所得税確定申告書(平成三年押第二六号符号三)を提出し、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額二億二七九二万七五〇〇円と右申告税額との差額二億二二九三万九〇〇〇円を免れ
たものである。
(証拠の標目)
判示全事実について
一 被告人の当公判廷における供述
一 奥田次美の検察官に対する供述調書
一 大蔵事務官作成の脱税額計算書説明資料
判示第一の事実について
一 大蔵事務官作成の脱税額計算書(検甲2)
一 押収してある62年分の所得税の確定申告書一通(平成三年押第二六号符号1)
判示第二の事実について
一 大蔵省事務官作成の脱税額計算書(検甲3)
一 押収してある63年分の所得税の確定申告書一通(平成三年押第二六号符号2)
判示第三の事実について
一 被告人の平成三年七月一一日付、同年八月二七日付査察官に対する各供述調書
一 渡辺純、正木學及び西原釣の検察官に対する各供述調書
一 大蔵事務官作成の脱税額計算書(検甲4)
一 押収してある元年分の所得税の確定申告書一通(平成三年押第二六号付号3)
(法令の適用)
被告人の判示各所為はいずれも所得税法二三八条一項に該当するところ、いずれも所定の懲役刑と罰金刑とを併科し、かつ各罪につき情状により同法条二項を適用することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第三の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については、同法四八条二項により罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役二年及び罰金八〇〇〇万円に処し、同法一八条により右罰金を完納することができないときは金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、なお情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から四年間右懲役刑の執行を猶予することとする。
(量刑の理由)
本件は、船舶仲介業等を営む被告人において、昭和六二年、昭和六三年及び平成元年の三年間にわたり合計三億円余りの所得税をほ脱したという事案である。その動機は解散権売買等の仲介業を営むに当たって売主側から要求される裏金の支払いに当てること、金銭に対する執着心、子供に資産を残すことにあったというのであるが、いずれも脱税を正当化するには程遠いものである。被告人は、帳簿書類を一切記録せず、請求書や領収書等を廃棄するなどしたうえ、昭和五七年ころから所得額が一五〇〇万円程度になるような収支計算を行うように税理士に依頼してその旨の確定申告書等を作成してもらう、いわゆる「つまみ申告」で脱税を繰り返していたものであり、特に平成元年の所得の大半を占める仲介取引に際しては、休眠会社をダミー会社として介在させるなど、巧妙な手口で脱税を行うようになり、ほ脱率も九五パーセントにのぼっていて、悪質な犯行といわなければならない。また、右のような高額の脱税は、まじめに働き正直に納税している大多数の納税者にたいして税負担の不公平感を抱かせるとともに、一般社会の納税意欲を損なう行為であり、その社会的責任も重大である。以上のような事情に照らすと、被告人は罪責は重いといわざるを得ない。他方、被告人は、広島国税局の査察を受けるや素直に事実を認め、本件について修正申告を行い、所得税の本税及び重加算税の全額を納付していること、前科前歴がないこと、前記のとおり本件脱税の動機の一つとして子供のために資産を残すことがあったが、資産を残すどころか、本件が一因となって最愛の長女を失うという取り返すことのできない結果を招来し、被告人自身終生癒えることのない心の傷を受けたであろうことは想像に難くなく、本件について深く反省悔悟していることなど酌量すべき事情も認められるので、今回に限り懲役刑の執行を猶予することが相当であると判断して、主文のとおりの量刑をした。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 山崎勉 裁判官 稲元富保)